まさゆき研究所

ライター・加藤まさゆきのブログです。デイリーポータルZなどに記事を書いています

VRゴーグルで首を痛めた結果、頚椎にネジ6本打ち込むことになった話(前編)

概要

VRゴーグルロードバイクが引き金となって「頚椎症性神経根症」を発症。
右肩から指先までの痺れや麻痺が続く。
4人の医師の先生に診てもらった末、発症から2年3ヶ月後に骨棘除去&人工骨埋設&頚椎プレート固定をする「頚椎前方除圧固定術」を施術されることになった。
その顛末の話。

 

2022年2月 発症(手術の2年3ヶ月前)

原因は二つある。

VRゴーグルのボクシングゲームに夢中になりすぎたこと、もう一つはロードバイクでの通勤にいそしんでいたことだ。

もちろんこの二つをやっていても発症しない人は無数にいるので、もっと大元をさかのぼれば「首の形の遺伝的要因」ということになるのだが、それでもはっきりと違和感を感じた日のことは覚えているので記録しておこう。

 

その冬、僕はダイエットの一環としてVRゴーグルをレンタルで借り、ボクシングゲームに挑戦していた。
楽しくボクササイズする「FIT BOXING」と違い、3D空間でバイブレーションの刺激と共に相手が迫ってくるVRのゲームはリアリティが段違いで夢中にさせられたが、プレイ後、妙な痛みが右肩に残った。

四十肩になったときの痛みに近かったので、「アッ、これは再発したかな?」と思い、じきに治るだろうと気楽に構えていた。

 

2022年9月 受診(手術の1年7ヶ月前)

肩の痛みは、床に直座りすると痛むものの、生活に支障が出るほどでもなかった。

さて、僕はこの2年ほど前からロードバイクを始めていて、春/秋には片道17kmの職場まで通勤につかうこともあった。
この日も仕事が終わってロードで帰路につき、颯爽と飛ばしていたのだが、途中から右腕にこれまでにない電流が地味に流れるような痺れを感じたのが気になった。帰宅後もこの痺れがだらだらと続いた。

特定の姿勢をとると必ず出る。ロードバイク以外にも、背もたれのない椅子に座る、風呂で髭を剃る、などの動きをすると必ず痺れる。

特に困ったのはジョギングをすると痺れる、ということだった。ジョギングは30年来の趣味で、僕の人生はこれを軸にして仕事/趣味/生活が成り立っていると言ってもいいぐらいだ。

ちょうどテニス肘っぽい症状もあったので、合わせて近所の整形外科に行き、症状を説明すると「上を向いてみて」言われた。
言う通りに向けると痛む。
即座に「たぶん頚椎ヘルニアだね」と診断される。
さすが医師(一人目なので「一ノ瀬先生」としましょう)、症状の経緯と簡単な診察でああっと言う間に病名を特定してしまう。

「しばらく経つと神経の方も慣れてきたりして大体は治まるからおとなしくしていなさい」と言われる。

 

2023年2月 急激な悪化(手術の1年3ヶ月前)

僕は言われた通り半年ほどおとなしくしていた。
病状はテニス肘と共にだいぶ治まっていき、そろそろ運動を再開してもいいかなと思えた。こんなブログ記事も書いている。

じつはこの記事を書いて運動を再開して早々に、腕の痺れが再び悪化した。

歩くだけで痺れる。寝てても痺れる。ソファで寝ころぶ以外の全ての姿勢で痺れる。
悪い時は手の甲の感覚にほんのり麻痺が出る。ジョギングどころの騒ぎではない。

もうこれはアカンな、と感じた僕は、このころ足首骨折で世話になった医師の先生に、頚椎に詳しい方への紹介をお願いした。
そして受け持ってもらえることになったのが二宮先生だ。(二人目なので「二宮」です)

 

二宮先生との1年間

二宮先生は状況を聞き、つらいのはわかるがしばらくは保存療法(つまり安静を保つ)で対応しましょう、と勧めてくださる。
病変部はそれほど大きくはないが、靴の中の小石と同じで、大きさに関わらず痛んだり痛まなかったりするんです、しばらく待ってみましょう、と。

第一、手術をするとなると結構大がかりになるという。
最低でも2週間以上は仕事を休むことになるし、重苦しい感じがずーんと残ることも多い、と。

というわけで約1年間、月に1回の頻度で通って、処方された薬を真面目に飲み続けた。

通院を始めたときのひどい症状は時間と共に少し軽減されたものの、本質的な症状が良くなる感覚はほとんど無かった。ブロック注射を施してもらったこともあったが、特に効果を感じられなかった。
夏になり、秋になり、季節が変わる度に「そろそろ良くなってるかな?」と期待してジョギングに挑戦してみるも、200mぐらいで痺れが出てあきらめるの繰り返しだった。

悪くもならないが良くもならない。運動は何もできない。趣味の登山も置いてけぼりである。
この1年の僕のブログを見て「この人、落語ばっかり行ってるな」と思った方もいるかもしれないが、現実的に、痺れがつらくて落語鑑賞以外に何もできなかったというのはあった。

ジョギングに勤しんでいた頃の体型は崩れはじめ、人間ドックの数値も悪化し、生活の艶はどんどん失われていった。
そして2023年末、大掃除をしていたところ症状が再び突然に悪化した。
強い痺れが高頻度で出るようになり、僕はしびれっぱなしの2024年正月を迎えることとなった。

年明け、二宮先生はブロック注射を打ってくれたが、やはり改善した感じはなかった。
これはとうとう、本格的に手術を検討するべき時期かなというタイミングで、二宮先生が年度末をもって別の病院に移られるとのことでだったので、手術をする前提で僕の自宅近くの別の病院を紹介していただいた。

担当は3人目、三上先生に移る。

 

2024年3月(手術の2ヶ月前)

三上先生の病院で、脊髄に造影剤を入れてCT検査を行う。
手術の是非を検討するためには、より仔細に脊髄と頚椎の状況がわかるこの検査が必須なのだと言う。

だがこの検査がめっちゃ怖い

かつて二度ほど全身麻酔の手術を体験したことがある僕だが、見ることのできない背面側から、脊髄の中に注射をされるというのは、また別格の恐ろしさがある。
三上先生に「すごい汗かいてますね」と笑われながら検査を受ける。

ちなみに検査は1泊となる。脊髄に注射すると急に気分が悪くなったりすることがあるのだそうだ。

そして検査の結果が下の写真だ。

第5頚椎〜第6頚椎のあいだの椎間板が痛みきって、骨が変形し「骨棘」となって右の神経根を圧迫している。第6〜7の間にもヘルニアがある、と。
年齢の平均より、だいぶ劣化が進んでいるらしい。

「ああー、この歳なのにこんな骨に……」と、コメントへわずかに憐憫のニュアンスが見え隠れする。

そして「首の骨がちょっと後弯気味ですね」とも。

 

思い起こせば、首は昔から弱点だった

実はこれは前に別の医師に言われたことがある。
あれは結婚してすぐなので、30歳過ぎの頃だろうか。
風呂上がりに力いっぱい首を振りながらタオルで髪を拭いていたら、突然、ありえない激痛に首が襲われ、1ミリと動けなくなり、這うようにして家族の車で救急に運ばれたことがあった。

そしてレントゲンを撮って医師に言われたのが「あなたは首の骨の湾曲が弱いタイプ、いわゆる『ストレートネック』だから、痛めやすいよ、気をつけなさい」と。

首の骨が湾曲をうまく保っていないと、何かと痛めやすいらしいのだ。
思えばかなり前から、左を見上げたときだけ首が痛かったので、ずっとヘルニアではあったのかもしれない。

にも関わらず、ヘルメットみたいなのをかぶってボクシングごっこしたり、首を後ろにそらして自転車漕ぎ続けたりと、やっちゃいけないことをやって、とどめを刺した形になったのだろう。
40代にもなったのだし、もう少し思慮深く運動の種類を選ぶべきだったのかもしれない。

見返すと、受けた遺伝子検査にも書かれていた

そしてこの首の形ゆえ、僕はちょっと衝撃的なことを告げられることになる。

「この前弯の弱い形だと『頚椎前方除圧固定術』が術式となります。気道にダメージが生じた場合に備えて、集中治療室のある大病院じゃないと手術ができないのです」と。

 

低侵襲? What!

実は僕は手術はもっと軽く済むものだと思っていた。
僕も僕なりにまともな本を買って勉強してみたりして、いろいろな術式があることを知ってはいた。(↓この本)

僕の症状「神経根症」の場合、筋力低下が起こらなければ手術の必要はないことも多いこと。手術には最近は低侵襲型の手術もあり、短い入院期間で済ますこともできること。

我慢して仕事を続けることもできなくはないし、日常の暮らしもできる。
しかし、ジョギングも登山もできず、健康指標は悪化していく。さらに急激な悪化がまた来るかもしれないと不安なまま暮らすのは避けたかった。

だから症状の軽いうちに手術を受ければ、手術も軽くで済むだろう。そう軽く考えていた。

しかし医師から伝えられたのは、侵襲の度合いの大きい「頚椎前方除圧固定術」という、最低でも1ヶ月は仕事を休まなければならない最も大がかりな術式だった。
なんでも僕のように前弯が弱いタイプの人は、後方から手術しても治療成績が悪いのだそうだ。はっきりとした治療成績を望むなら、ガッと首の全面を切り。気道をかき分けて頚椎に到達し、病変部を削ったあと人工骨を埋め、プレートとネジで首の骨を固定する必要があるのだという。
しかも僕の場合、第5-6間・第6-7間の2箇所を同時にやらないといけないので時間がかかり、気道への負担も大きくなるのでどうしても集中治療室を備えた大病院になる、と。

それまで「低侵襲の術式でできたらイイネー」と甘く考えていた僕と家内は、三上先生の説明を聞いてしばし言葉を失った。
唾を飲み込む音だけが病室に響くような沈黙だった。

 

5日ほど考える猶予があり、僕もいろいろ考えた。
仕事を1ヶ月休むことなんてそもそもできるのだろうか。以前のプレートを埋める手術で術後感染を起こしたので、それを思い出すと怖い気持ちがある。
二宮先生と同じく、三上先生も最初は保存療法を勧めてくれた。医師から見たら手術のリスクを取るほどの状態ではないのかもしれない。

でも何度か考えても、僕には手術を選ぶ方が賢明な選択肢に思えた。

ここ2年の悪化ぶりを思い出すと、どうしても自然治癒する見込みは無い気がする。もう1年ジョギングも登山も我慢して良くならなかったら、大切な40代後半を1年捨ててしまうことになる。

また、50代、60代になってさらに悪化してから手術に臨むより、45歳の今のうちにせめて悪化を食い止めておくほうが賢いように思えた。

というわけで僕は「手術する」の選択肢をやや迷いつつも選び、三上先生に大病院への紹介をお願いすることにした。

 

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