まさゆき研究所

ライター・加藤まさゆきのブログです。デイリーポータルZなどに記事を書いています

台湾の「あの宮殿みたいなホテル」に泊まってきた を書きました

デイリーポータルZに記事を書きました。

 

作内ではいい感じに父の話をまとめているが、いや、実際はほんとにめんどーくさい性格をした父親で、この人の奇行のせいでデイリーの連載を3か月休まなければならなくなったことすらある。(編集部には迷惑をかけました……)

とはいえその父も、最近は体力がかなり衰えいて、(ああ、このひと長生きしないな……)と感じたので思い切って台湾に連れて行ってみたのだが、さすがにこんなに早く世を去るとは思っていなかった。

父の旅行目的の一つに、「戦後、中国大陸で日本人を保護してくれた蒋介石に生きているうちに礼が言いたい」というのがあり、記念堂で長く深々と頭を下げてきたのだが、なにか、命の宿業のようなものをそこですっかり解き放ってしまったのかもしれない。

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父を保護してくれてありがとうございました

 

死というのは不思議なもので、それが訪れた瞬間、そのひとの人生の全ての時間を均質にする作用がある。

生きているうちは、「この性格と奇行が治らないものか」と悩んでいたのだが、今はその気持ちもふっと蒸発し、青年時代、会社員時代、父親時代、老後時代と、75年間の父の人生のすべてが、自分に問いを投げかけてくるように思える。

 

というわけで父の行動を反面教師として、

「駅の立ち食いそば屋の店員さんに『声が小さい』とかいちゃもんをつけない」

ニトリの配送が時間指定できなくても怒らない」

などを自分の人生訓として、しっかりと生きていこうと思う。

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クリスマスのミニスーファミと「未知の世界」

嫁さんがクリスマスにミニスーファミを買ってくれた。

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比べるとこれ。手乗りサイズでかわいい。

 

ゼルダファイヤーエムブレムF-ZERO……僕らの世代を虜にしたゲームがぎっしり詰まっていて、その記憶を思い返せば尽きるところが無い。今思い返すと、よくもあんなにもTVゲームに時間と熱意をつぎ込んだものだと思う。ちょっと無駄すぎたかもしれない。

しかし、当時出たばかりのファミコンには子供たちだけではなく、多くの文化人までもが最近ファミコンにのめりこんでいると発言していた。これはわかる。あれは当時すごく新しかった。

 

ファミコンが提示した選択肢

コンピューターゲームの普及は、ファンタジーやアドベンチャーに向かう態度として「本を読む・書く」「映像を見る・撮る」だけではない、新しい第三の選択肢「世界の中で行動する」を僕たちの生活に連れて来てくれた。

あたらしい表現のあり方に飛びついたクリエイターたちが生み出す世界はとても魅力的で、僕らは次々と夢中になった。

王道ファンタジーの「ドラクエ」、ちょっと大人っぽくて機械寄りの「FF」、サイバーパンクの「女神転生」……

戦略システムが面白いとか、友達と盛り上がれるとか、ゲームの魅力はいくつかあるが、最大の魅力は「新しい世界観の提示」なんじゃないかと思っている。

 

FFシリーズの苦しさ

ミニスーファミにはFF6が収録されている。ちょっとオープニングだけやってみると、雪深い鉱山をアーマー歩兵が歩いて行く様子が再生されて、ああ、これ、やっぱりいいオープニングだなと思った。

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この前の作品であるFF5を今思い返して感じるのは、「苦しさ」だった。

従来のFFらしさにとらわれ過ぎて、キャラもイベントも典型的なものにとどまり、見たことも無い新世界へとプレイヤーをいざなってくれる魅力がまるで無かった。

プレイヤーをどこに連れていったらいいのか悩んでいる作り手の苦しさを感じるゲームだった。

そこから一気に解き放たれて、静的な美しさを表現するところから始められているFF6は全体を通して素晴らしい出来だったと思う。際立ったキャラクター、民族楽器を多用した個性的なBGM、いまでもくっきりと思い出せる。

 

ファイヤーエムブレムのすごさ

ファイヤーエムブレムは本当に衝撃だった。これまでのファミコンにこんなゲームは無かった。個性のあるキャラ達が戦うシミュレーションバトル方式のRPG

ファミコン時代はグラフィックが弱すぎて表現しきれなかったモノが、SFCになって翼を得たかのように飛び立った最高の作品だと思う。

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古代~中世手前あたりをイメージした時代設定もすばらしく、神話好きだった僕なんかはトロヤ戦争やポエニ戦役なんかをイメージしながら重装歩兵をズンズンと進軍させていたものである。

軽く少女漫画風に描かれたキャラもほどよい仕上がりで、女子はオグマやマルスで盛り上がり、男子はシーダやパオラ・カチュア・エスト三姉妹で盛り上がっていた。

最近のゲームやアニメは同性キャラばかりがわさわさ出てくるのが多いように感じるが、当時は男子も女子も同じ作品で盛り上がれていたんだよな、ということをあらためて思い出させてくれる。

 

これ以外にも、当時のゲームにはいま思い出してもあの世界観すごかったよな……というゲームが多い。

女神転生もすごかったし、シムシティも新しかった。

レミングスなんか、一体脳のシナプスがどう繋がっていたらあんなゲーム思いつくんだという斬新さだった。

いまではもう新しいゲームなんかとんと見なくなってしまったが、スプラトゥーンっての、あれだけは何か面白そうだ。ちょっとやってみたい気がしている。

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「いないいいないばあっ」と平和な世界

NHK朝ドラはインフラ。」と言っている人を見て、何言ってるんだろう、ただのテレビ番組じゃないか、と思っていた僕だが、「いないいないばぁ!」はもはや我が家にとって完全なインフラである。

子役「ゆきちゃん」、着ぐるみ「わんわん」、手人形「うーたん」の織り成すステージは非の打ちようが無く、驚くほど完全で完璧な、付け入る隙の無いスリーピースである。

Eテレ「いないいないばあっ!」

ふだんは放恣な加藤家の1歳児も、この番組を見るときだけは人が変わったようになり、食い入るように画面に見入る。この15分が無ければ加藤家の家事は進まない。

いったい何がここまで子どもの心を引き付けるのか。

ボールがただ坂道を転がるだけのコーナー。何も教えずとも一緒に踊りはじめる体操「わーお!」。極めて高品質に作られたフェルティングの動物人形が季節の風景の中で踊るオープニング。ひとつひとつを解き明かすようにじっくりと見ているうちに気付く。

あ、これが世に言う「親の方がハマる」ってやつか。

 

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番組は基本的に、1~2歳児向けに作られている。歌も、ごく初期に幼児が認識できる/すべき事物を中心に歌詞が書かれている。

「パンツ」「散髪」「トマト」「寝転がる」「手洗い」「寝かしつけ」……。

一緒に歌ったり踊ったりしていると、乳児期のピュアでピースフルな架空世界に、みずからの意識も没入していくような錯覚に陥る。

ああ、この平和な世界いいな、ごはんもおふろも何でも出てきて、まいにち元気で「あそぼうね~っ」で過ぎて行って……

派遣切り問題とか、老後の不安とか、そういった苦労なんてまるでこの世に無いような、不思議な浮遊感のなかに溶け込んでいくような……

 

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こういう、女の子ばっかりがもりもりと出てくるありえない世界のアニメはバカだと思ってきた僕だけど、この架空世界に浮遊していく感じがたまらなくてみんな見ているのかもしれない。

ちょっと人の気持ちを分かるようになれた気がする。

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足首骨折・入院記録④ プレート細菌感染・前半

■その1→【足首骨折・入院記録①初日~3日目 群馬での入院 

■その2→【足首骨折・入院記録②4日目~8日目 手術までの日々

■その3→【足首骨折・入院記録③9日目~13日目 手術から退院まで

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無事にプレートが埋め込まれた足首。

 

基本的な治療の流れ

無事に手術も成功し、経過が良ければ、以下の流れで治療を進めてリハビリに向かうとの説明を主治医の先生から受けていた。 

  • 術後2週…一回ギプスを巻き直す(腫れが引いて緩んでくるため)
  • 術後3週…ギプスからU字シーネへ付け替え
  • 術後6週…U字シーネから装具へ付け替え

シーネとは患部に副える硬い板のことだ。

ギプスと違って取り外しできるので、これに置き換わると、外して風呂に入れるようになる。それまではギプスにゴミ袋巻いて入るしかなかったので、全身を遠慮なく水で洗えるということの開放感がものすごかった。 

 

そして装具とは以下の物体だ。

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サポーターの親分のような物体だが、見た目は義足の子分のようでもある。

これに置き換わると、なんと靴を履けるようになる。

付け替えた最初の瞬間はすごく怖いが、両足に靴を履いて歩ける喜びはすごい。シーネと包帯からの解放は社会復帰の象徴のようでもあり、ここまで来たぞー!と嬉しくなって無駄に歩き回ってしまう。

 

回復は極めて順調、のはすだった

退院してすぐはさすがに体がだるく足を上げていないとじんじん痛んだが、回復は極めて順調で、定期通院のたびに先生にほめられ、3週経ってシーネに換装しても快調は続き、6週経って装具になる頃には軽快にスタスタと歩けるようになっていた。

突然の発熱

発熱初日

装具になって5日目、術後で言えば7週目ぐらいだろうか。
ある日突然全身がけだるくなり、熱が37.7℃まで上がってしまって、プレートを埋めた側の傷が腫れて痛み出した。

このときは「風邪かな?やっぱり風邪ひくと傷も腫れるんだなあ」ぐらいに思い、体を暖かくし寝た。この時点で病院に行けば大丈夫だったのかもしれないが、さすがにそんな判断ができるほど医学に詳しくない。

発熱2~4日目

体調不良が相変わらず続き、夜になると微熱が出る。熱が出る以外に風邪らしい症状が全くなかったので、うすうす「あ、これは手術跡が腫れてるのかな?」と気づくが、特に劇的に悪化することもなかったので、「まあ、腫れることもあるだろう」ぐらいで受け流し、普通に生活をしていた。

いま思えば、この時点で病院に行っておけば良かったなと思うが、ゴールデンウィークだったので何となく足が遠のく。

発熱5~6日目

5日目の夜になって傷跡が急激に痛み出す

あまりに痛いので氷のうを作って足を冷やす。発熱も37℃後半まで再び上がる。

傷跡どころか、もはや足首の関節全体がどこをどう触っても痛むようになり、足を全く地面に着けなくなる。家で完全に寝込むしかなくなり、トイレの移動も松葉杖の生活に逆戻りする。

いま思えば、この時点で確実に病院に行っておけば良かったのだが、冷やしてれば治るかなと甘く見る。

発熱7~9日目

前日までのひどさは無いものの、相変わらず熱も腫れも痛みも続く。動くとやばそうなので引き続き寝て過ごす。

ここらでさすがにまずいような気もしていたのだが、特に悪化はしていなかったので、定期通院の日が次の日だったのもあり、氷で冷やしてしのぐ。9日目には熱も引く。

発熱10日目

定期通院なので病院に行き、先生にこの10日間の発熱と病状の記録をエクセルの表にまとめたものを見せて話をしたところ、緊急血液検査となる。細菌による術後感染症の可能性があるとのこと。足全体の腫れ具合も悪い、と。

とりあえず抗生剤を最大量まで処方され、異変があったらすぐに連絡するように言われる。 

発熱11日目

夜になり傷口の膨らみから膿が出てくる。細菌感染であることが確定する。

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ずっと氷で冷やしていたのだが、傷跡に一ヶ所、皮膚としての張りが全くない場所があるのを発見。一か八かで針でつつくと、あとからあとからあふれ出るように膿が出てきた。腫れた足を絞り上げるように圧迫して膿を出し切る。おれは『はだしのゲン』か。

これは入院と言われたパターンだ……、と主治医の言葉が頭をよぎる。夜中だったので翌日相談することにするが、さすがに不安で寝られない。

発熱12日目 

出勤したのち、勤務先から主治医に昨日の件を電話すると「いますぐに飲まず食わずで病院に来なさい、即入院、即手術」と言われ、嘘のような速さで職場から姿を消すことになる。

 

まぼろしのように過ぎていった再手術

最初の骨折のときもまぼろし感があったが、このときのまぼろし感も負けずにすごかった。

12:30に病院に行くと同時に各種検査、検査が終わると病室に案内され、へーっと思っていると、手術の日程の知らせより前に麻酔科医さんが麻酔の説明に来て、あれれー日程決まったのーと思っている間も無く、翌日に全身麻酔を処置され、意識も無いうちに2か月前に埋め込んだプレートを抜き取られた。

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最初に電話した時点で、主治医の先生が全ての段取りを整えておいてくれたらしい。

なんでも、プレートは血液が通わないため感染から回復しにくく、一度感染してしまったらさっさと抜き取るのが最上策らしい。空港でゲート通るたびにピーって鳴って、「あ、プレート埋めてんスよ」とか言うのも一興かなと思っていたのだが、夢ははかなく崩れた。

手術の翌朝、布団の中を見ると見たことのない「血袋」がぶら下がっていた。ここから2週間以上、僕はさらに入院生活を続けることになる。

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神の造形ことアンパンマンは世界へ羽ばたく

アンパンマンは神のもたらした造形であり、全ての幼児は一度アンパンマンの洗礼を通過する」との箴言がある。

子を授かって以来、ほんとかな?と思いながら育ててきたのだが、たしかに噂は本当だった。
家では何一つ買い与えないでいたのだが、それでもお店のノボリや、託児所のカウンターに潜むアンパンマンを目ざとく発見して知るようになり、今では発語の8割が「あんぱん!」である。

しかしこの理由は、ここまで観察して経験的に理解してきた幼児の発達段階から、全てすんなりと説明がつくもののように思える。簡単にまとめたい。

 

1.乳児ははじめに「顔」を認識する

全ての動物がそうであるが、幼児が最初に認識するのは点が二つある構造の「顔」である。顔を認識することで、幼児は親や他の動物を存在として認識する。
もちろん、アンパンマンについては言うまでもない

2.乳児は「突起」と「丸」が好き

乳児は「突起」が好きだ。ハイハイを始めて様々なものに触れられるようになると、服や毛布のタグや、ねじの頭など、ありとあらゆるものから真っ先に「突起」を見つけ、それを触ろうとする。これはおっぱいから乳首を探すための本能的な行動なのではないかと考えられているらしい。

同じ理由で「丸」も好きだ。幼児番組「いないいないばぁ」で、ボールが坂や滑り台を転がっていくだけの映像のコーナーがある。大人には「何が面白いんだ?」となるのだが、乳児には大ウケ、画面を指さし、見て!との勢いで「あー!あー!」と大興奮で声をかけてくる。

アンパンマンの顔の形、鼻の突起、それは乳児にとって「おっぱいのキャラ化」とも言える造形なんだろう。

3.乳児は原色が好き

これも言うまでもないが、乳児は本当に原色が好きだ。
うちの子供は、出先にある「こども用コーナー」を見ると一目散に駆けていって遊び始めるタイプなんだけど、おそらくあのコーナーの「原色」が彼女にとってそこが「自分のため」であることのサインになってるんじゃないかと思っている。もはや好きを越えて、ちょっとしたアフォーダンスだ。

アンパンマンの赤い鼻、黄色い衣装は、彼女にとってそのキャラが「自分のため」であることのアピールのように思えているんじゃないだろうか。

4.発音しやす過ぎ

子供が成長とともに発音できる音をていねいに観察している。

「あ」「え」「お」は0歳児時代から問題なく発音できており、子音は最初に「か行」と「ば行」が、続いて「ぱ行」「が行」「わ」「ん」発音できるようになった。

つまり「あんぱん」は乳児にとっては単語として第一級に発音しやすい音素から構成されているのである。ちなみに「ま行」はそろそろ習得できるらしいので、「あんぱんまん」まで考えてもやはり完璧である。

 

というわけで、全ての要素が全て計算されたかのように乳児の認識能力に合致しているキャラ「あんぱんまん」。これをスル―するのは乳児にとってほぼ不可能なのではないだろうか。

海外展開がどれだけされているか知らないが、もしかしたら50年後ぐらいに全世界の乳児がアンパンマンの洗礼を受けるようになっていても不思議ではない。

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格安SIMにしたんだドーン

格安SIMにした。ソフトバンクiPhone6(SIMロックあり)で。

結果的には成功したので、喜びの記録を残したい。

 

ソフトバンクに失望した

iPhone4は、僕の人生で世界観を変えた物ベスト3に間違いなく入る物体で、こんな素晴らしいものをいち早く日本に導入してくれたソフトバンクには少なからぬ好意というか、恩義というか、そういうものを抱いていた。

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こんな記事も書いた↑

@nifty:デイリーポータルZ:iPhoneで遊ぼう!地球宝探しゲーム!

 

それまでの携帯電話の「ワンセグ」や「着うた」のような、企業側の押し付けサービスに辟易としていた日本のユーザーを救ってくれたのは、間違いなくソフトバンクiPhoneだったと思っている。

そんな恩義もあって長らくiPhoneを使ってきたのだが、スマホを取り巻く環境もずいぶん変わってきて、だんだん値上がりしていく使用料にも疑問を感じ、ここ1年はガラケーに戻すかなぐらいにさえ思っていた。

 

情報弱者と呼ばれて

情弱(情報弱者)というネットスラングがあるが、僕はWebライターのくせにそれに近く、Wi-Fiが何なのかを知らずデイリーのみなさんに笑われたこともある。

というわけでつい最近までSIMに格安サービスなんてものがあるのを全く知らず、ガラケーに戻さなくてもiPhoneを超格安で使い続けられるサービスがあると聞いて驚愕した。

しかもSIMロックはなんかアダプタみたいなので苦も無く解除できるのだという。すごい時代だ。ここはひとつ重い腰を上げようじゃないかと、個人ブログから各社公式サイト、amazonレビューから価格コムまで手広く調べてみることにした。

情弱からの脱出に向けたのろしが上がった瞬間である。

 

ソフトバンクの悪口・その2

もうひとつ、格安SIMにしようと思ったのに理由がある。ソフトバンクの勧誘メールがしつこいのだ。

公式から「お客様はまだ長期割引特典に申し込まれていません」みたいなメールが来て、なになにと思って見に行くと、「ヤフーショッピングのポイントで長期利用者に還元!」とか冗談みたいなことが書いてある。これがしょっちゅう来るのだ。

さらに利用料金の確認画面に行ったときにも、スマホの画面全体にほわぁ~と浮かび上がってくる最悪にうっとおしい方式の広告で「長期利用者にポイント還元!」とか出てくるのである。

こういうベタベタしたサービスが嫌いな人を集めてiPhoneは支持を得たんじゃなかったのか。これまでソフトバンクを支持してくれた人を敵に回したいのか。この点についてはソフトバンクには猛省を促したい。

 

SIM会社選び

僕の知らぬうちに格安SIMの会社は百花繚乱状態になっており、こういうのを選ぶのが苦手なので一瞬たじろいだが、使っているプロバイダであるBIGLOBE格安SIMのサービスをやっていたので、そのまま申し込むことにした。

性能テストのページにも試験したSIMの例として出てくるから、まあ、そこそこメジャーなんだろうし、何より新しく利用料金の支払いを申し込まなくてもいいのも気が楽だ。

これまでソフトバンクの「スマ放題ライト」に5GBのデータをつけて月々7900円ぐらい払わされていたが、BIGLOBEの3GBのコースに60分の通話をつけても2500円ぐらいである。5000円以上安くなるぞ。まじか。衝撃だ。水道・電気・ガス、全部節約してもここまで節約するのは難しい。

1年で60,000円とすると、途中解約金とか手数料とか、いろいろ考えても圧倒的に元が取れる。すげえな、すごいぞ、格安SIM。こういうシンプルでスマートなサービスが欲しかったんだ。

 

ソフトバンク解約&MNP申込み

激安の事実に打ちのめされた衝撃も醒めぬうちに、ソフトバンクショップに向かって解約&MNPを申し込む。解約時にもっと引き止められたりするのかなと思っていたが、そんなことは一切なく、解約理由のアンケートすらなく、あっさり解約とMNP番号取得は終わった。
ショップの方も、この時勢、解約を決めた客に何を言っても引き止められないのはもう分かり切っているのかもしれない。

解約を申し込んだその夜に、ネット経由で格安SIMの申し込みを済ます。

 

SIMロック解除アダプター「Smart King X」

僕が買ったiPhone6はまだSIMロックが禁止になる前の機種なので、これを解除する必要がある。

昔、そういうの好きな友人があれこれと挑戦したブログ書いているのは見ては「めんどくさそうー」と思っていたのだが、今やこれが一瞬で終わる時代になっていた。

SmartkingX スマートキングX

SIMと一緒に挿すだけでロックが解除できるという。これを通称「SIM下駄」と言うらしい。しかも2500円やそこらで、こんなすごいものが買えるのだという。やばいぜデジタル日本。MNPの申込みも終わったのでamazonで注文したら、翌日には届いた。あとはSIMさんの到着を待つだけである。

 

まさかの「圏外」……!?

さらにその翌日、つまりソフトバンクを解約した2日後、早くもSIMは届いた。

ANP設定とか、10分で終わるレベルの少しだけめんどくさいこともやったが、そのへんのことは他のサイトに書いてある。しかしそれらを済ませてもつながらない。

設定を見るとSIMを「ドコモ」と認識しているので、おそらくSIM下駄の方では、SIMのロックを解除できている。だが、画面には「圏外」と表示されてしまうのだ。

ネットワークリセットを何度かかけても治らないし、ソフトバンクのSIMに戻してももちろんダメだし、おいおい、これからしばらく電話無し生活かよ!、と少し焦ったのだが、ちょっと勇気をもってiPhoneの「設定全リセット」をかけたら回復して、無事にドコモの電波を拾ってくれた。たぶんiPhone4時代から延々とデータ復元を繰り返させてここまで使ってきたので、亡霊的な何かが残っていたんだと思う。

設定リセットをかけたら工場出荷状態になってしまうのかと最初はためらっていたのだが、ハードの設定がクリアされるだけで、アプリや写真や電話帳データは特に消えたりしない。これに踏み切るのに2~3時間かかったので、今となっては最初から思い切ってやっておけばよかったなと思う。

 

というわけでvodafone時代からかれこれ15年は使っていた回線に別れを告げてしまった。たった3日間ですべてが終わってしまったので、あんなに続いた関係がこれだけで……、と離婚届を出したあとの人みたいな気持ちに軽く襲われているのだが、今のところLINEもポケモンも快調に動いている。

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子供のころに持ってた児童書を検索してみる

デイリーの大北さんが児童書の話をしていたので、子供の頃家にあった本のことを思い出して検索してみた。どれも母親が買ってきた本だ。

 

オバケちゃん (オバケちゃんの本1)

オバケちゃん (オバケちゃんの本1)

 

いちばん読んだような気がする本。いま見返すと、松谷みよ子さんが作者なので超メジャー だったんだなと思う。まだ売られていた。

こんなかわいらしい表紙じゃなかったなあ、と思って検索したら僕の覚えている表紙の画像もあった。

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そう、この画像の方だ。

最後、お父さんが「オモイヲコラセ、ジットオモイヲコラスノダ」というメッセージを受けるところが印象に残っている。

 

 

 お化けでもう一冊。ガリガリに痩せ細った女の子の話だった気がする。

こっちも今見れば山中恒さん作なので、メジャー作だったのが分かる。子供の頃は気が付かなかった。

 

 

大きい1年生と 小さな2年生 (創作どうわ傑作選( 1))

大きい1年生と 小さな2年生 (創作どうわ傑作選( 1))

 

これ、まだ売ってるんかい! という衝撃で載せてしまった。表紙も全く変わらず。

話は全然覚えてないけど表紙だけ覚えてて、この画像がamazonのサジェストに出てきた瞬間に「あ゛あ゛ーー!」と浦澤直樹のマンガのような声が出てしまった。

 

 

 少しマイナーだけど、印象に残っている人は多い名作のようで、「オモテ・サンドウィッチをひとつ」の名フレーズで検索するといくつかブログに行き当たる。不思議な短編集。文章だけでパラレルワールドに連れ去られるような感覚を初めて味あわせてくれた本だった。

今でも新装版で再版されているっぽい。嬉しい。

 

 

すもうをとるねこ (ひさかた童話館 (9))

すもうをとるねこ (ひさかた童話館 (9))

 

母親がある日買ってきた児童書。タイトルがすごい。

末っ子なので新しい本を買ってもらえることが少なかったため、すごく印象に残っているが、「草むらを分け入って進んで行くと猫が相撲をとっていた。そしてそれは二度と発見できなかった」というだけの、何ともコメントのしがたい内容の本だった。

とくに売れもせず、人々の記憶にも残っていないようで、検索してもamazonと図書館蔵書検索システムしか引っかかって来ない。

しかし僕は買ってもらったことがうれしく、この本を何度も読み返したのを覚えている。

 

きつねのはぶらし (創作こども文庫 4)

きつねのはぶらし (創作こども文庫 4)

 

そして最後。7歳の誕生日に、はじめて自分のために買ってもらった本だった。

たしか、キツネの歯ブラシ屋が、こっそりキャンディーばっかり食べていたので自分が虫歯になる話だったような覚えがある。

もう何十年も見ていなかったけど、表紙を見ただけでちょっと涙ぐんでしまった。amazonてすごい。

 

この勢いで、びっくりするぐらいに 歴史の中に埋もれてしまった『すもうをとるねこ』の表紙ももう一度見せてほしい。

 

追記

実家に帰ったらまだあった。

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