まさゆき研究所

ライター・加藤まさゆきのブログです。デイリーポータルZなどに記事を書いています

ぼくが落語にはまるまでの道すじ

ここ2年、僕は急速な勢いで落語にはまり込んでいる。自分でも驚くぐらいだ。

「落語?……好きな人もいるみたいだねぇ……」という、2年前の僕みたいな人に、いったいどういう経緯で落語に人は凝り出すのかを記録しておきたいと思う。

寄席に行ったこともあったけど……

僕が20代の頃、落語好きに対して持っていたイメージは以下のようだった。

  • その熱意がよくわからない
  • 知らない名前をごちゃごちゃ言ってうるさい
  • 談志談志しつこい

なんというかジャンルとして「私は文化人だ」と言う香りがきつすぎるような、そんなイメージがあったのだ。同じ印象を持っている人は多いと思う。

末廣亭(新宿にある有名な寄席)に行ったこともあったが、大きく印象は変わらず、そのまま20代、30代を終えた。

 

志ん朝」を知る

それがある日一変してしまった。
古今亭志ん朝の「品川心中・夢金」を聞いたことだ。

叔父の遺品として転がっていた1枚のCDを何気なく聞いたその1時間を境に、僕の落語に対する見方がまるで変わってしまった。

 

志ん朝を知ったときの衝撃は過去の記事にも書いた。

masayukilab.hatenablog.jp


この頃の僕は、可能な限りの志ん朝の音源を探し回っては繰り返し聴くという。20代の頃の情熱を取り戻したかのような勢いで志ん朝に夢中になっていた。

落語ガイド本などに、「落語に対してどの入り口から入ったらいいのか」というQ&Aがあるのをよく見るが、僕は僕なりに一つの答えを言える。

志ん朝の「夢金」か「明烏」を聞くことである、と。

落語とは演劇論的観点としては「複数役を演じる一人芝居の形式」であるのだが、それが何を志向すべきものであるのか、最も体現した落語家が志ん朝のように思えた。

 

 

あっ!しまった、文化人ぽく語ってしまった!

さっき自分で「ごちゃごちゃうるさいのがイヤだった」と言いつつも、ついつい語ってしまった。

こうして1年ほど志ん朝を純粋に追い続ける時期が続いたのだが、志ん朝師匠はもうこの世を去っているので、「その新しい落語を聴くことができない」という事実に対してどうにも解を見つけ出すことができず、それを解消するために令和の落語家にも目を向けるようになった。

志ん朝のスピリットをもっとも濃く受け継ぐ落語家は誰なのか?」という問いへの答えを探すスタイルで落語を聞くようになり、そこから幾人かの落語家さんの寄席を見に行きたいと思うようになった。

春風亭一朝

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歯切れのよい江戸弁が素晴らしい。志ん朝師匠の落語は僕にとって「安心しねぇ、江戸はどこにもいっちゃあいねえ、俺の中にいるぜ」と語りかけているかのように思えたのだが、一朝師匠の江戸弁にもそんな面影があるように思えた。
講談が元になった演目を多く手がけてるのもよい。

 

五街道雲助

紫綬褒章受章の大御所。志ん朝師匠と同じ古今亭一門。
滑稽さ、馬鹿馬鹿しさ。人情。人の世のさまざまな要素が同居するのが落語の良さだと僕は思うのだが、艶がある声質と品の良い語りのリズムでその多声性を表現しきる技術がすばらしい。

 

柳家喬太郎

集客力でいえば現在の落語会の頂点にいる師匠。
新作を多く演じるが、古典をやってもその超絶技巧が素晴らしく、何を聞いてもその表現力に圧倒される。爆笑しながら感動できるという落語の楽しさを、最も味わわせてくれる。

(落語をよく知っている方が読むと「偉そうに!」という感じがすごいでしょうが、初心者のかたにむけて「どの入り口から入ったらいいのか」の実例を一つ示しているだけなので許してください)

 

逆にダメだったもの

古い音源の名師匠シリーズ全般(志ん生、枝雀、小さんなど)は初心者には難しい。
録音が古いのでノイズがけっこうすごく、初心者がスッと入っていく入り口としては少し障害が大きい。
落語を聞き慣れるとノイズ以外の部分に耳が向かうようになるので楽しめるのだが、最初の頃はどうにも難しかった。

 

寄席に通うようになって

2022年になってからは、感染症周りもひと段落つくようになってきて、寄席に通うことが可能になってきた。

幸い、茨城県に住みながらも、浅草駅が電車一本に行ける範囲にあるので、今年は月に1回を目標として淡々と寄席に通い続けた。その中で幾人かまたさらに聞きたいと思える落語家に出会うことができた。

神田伯山

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説明不要な有名講談師だが、寄席で初めてその芸を見たとき壁に吹っ飛ばされるような衝撃を受けた。志ん朝クラスの伝説になること間違いなしのプレイヤーと時代を共にできたことだけで幸せを感じる。

三遊亭遊雀

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他の誰にもできないような、めちゃくちゃに緩急の効いた落語がすごい。最初は何が始まったのか分からなかったが、中盤以降爆笑しっぱなしで終盤まで駆け抜ける。こんな芸があるのかとびっくりした。

 

これ以外にも「またこの人を見よう」という師匠がずいぶん増えた。
演目にもずいぶん詳しくなって、「○○のやる『××』は……」というトピックもだいぶ読みこなせるようになってきた。

それでも、落語未経験者の人が引くような落語との付き合いにはならないよう、十分に気をつけて寄せ通いを続けて行こうと思う。