まさゆき研究所

ライター・加藤まさゆきのブログです。デイリーポータルZなどに記事を書いています

読書レビュー『科学者の冒険』

それほど生物科学のニュースに平素から目を通していない人でも、「クジラとカバが同じ仲間であることが最近明らかになった」ことぐらいは何かの折に聞いて知っているのではないだろうか。

それを明らかにしたのが岡田典弘先生だ。筑波大学東京工業大学で研究されていた方で、SINE法という画期的な方法でこれまでわからなかった生物の系統を次々と明らかにした。

系統分類の研究にちょっと憧れがあった身としては神のような存在だ。

その岡田先生が書かれた自伝的著書がこの本である。

科学者の冒険

科学者の冒険

  • 作者:岡田 典弘
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 単行本
 

これが本当にものすごい面白さで、久しぶりに本を読んで眠れなくなるほど興奮した。

RNA解析からキャリアを始め、魚類の系統樹作成に成功したのを足掛かりにして哺乳類の系統解析に進み、最後には天皇陛下の前でシーラカンスの解剖を実現させるという。

系統分類好き・古生物好きから見たら憧れのあまり失神してしまいそうな輝かしすぎる業績である。

はたしてそんな業績への手がかりがどこから始まったのか?

その興味深い問いに対して、自伝的である本書はひとつながりのストーリーとして答えを示してくれる。 

 

特に僕がふあぁっ!となったのは、1980年ごろの話で、サケのゲノムにある反復配列がtRNA起源であることを明らかにするくだりである。

ちょっと専門的になるかもしれないが、RNA解析で最前線にいた人間しか気づけないような細かい兆候を、大局的な視点で俯瞰して、その背後にある巨大な鉱脈を見抜き、みごと掘り当てたその流れには、読書で追体験するだけでも酔い痴れるような爽快さがあった。

当時は、この半年で急に有名になったPCR法もろくに普及していないような時代である。その時代にゲノム内にある反復配列の起源を言い当てたうえに、それ(反復配列の解析法)を新たな武器として持ち替えて生物学の地図をあっというまに塗り替えてゆく……、こんな華麗な業に憧れない科学者がいるだろうか?

 

さらに素晴らしいのは、著者の岡田先生がいまだに科学の新たな地平を切り開くということに果敢に挑戦され続けているという点である。

自然科学の研究者というのはまさに「山師」、どこかに埋まっている鉱脈を掘り当てなければならない職業なので、なかなか身を投じて挑戦的なテーマに挑んで行くということは難しいだろうと思うのだが、定年してなおその姿勢を失わない著者の姿には畏敬の念すらおぼえる。

もちろん姿勢だけではない。本の端端から感じ取られる生物科学への深い傾倒と知識。そのアイデアや発想を支えているのが、圧倒的な知識量であるということが疑いようもなく明白に感じとることができる。

知識に支えられた展望というのは、かくも芯の強い物なのか……ともう全く打ちのめされて、みずからの勉強量や実戦の乏しさをを恥じるしかない気持ちになってしまった。

 

と、ほめたたえまくってみた本書だが、読もうかなと思ったあなたが生物科学を学んだことがないのならやめておいた方がいい。具体的には「RNAスプライシング」「逆転写酵素」「電気泳動」あたりを即座に説明できないぐらいだとしたら、ちょっと辛いのではないかと思う。

最初、演劇に夢中になっていた話から、突然加速してRNA内の微量塩基成分の話になり、あっという間に読者を振り落とします
そのあとも誤植がまあまああって、「誤植だな」と思えるレベルにないと混乱したりするし、専門用語が前触れなく登場して生物科学の関係者以外を悉く振り落としにかかります

でもそんなこと全く関係ないぐらいに、生物科学を知る人にとっては本当に面白いので、強くお勧めしたいと思います。