まさゆき研究所

ライター・加藤まさゆきのブログです。デイリーポータルZなどに記事を書いています

おれたちの耐用設計年数

昨年1年間、毎日やりきったことといえば猫への点滴である。

飼い猫が11歳になり、腎臓を悪くして毎日点滴をしなければいけなくなったのだ。昨年2月から土日祝日も含めて一日も休むことなく、点滴を続けてきた。

調べると、猫の腎臓というものはだいたい7〜8歳以降でほぼ確実に悪くなりはじめるらしい。
飼い猫の寿命自体は10年以上あるが、それは野生にはない飼育環境のおかげであって、比較的厳しい環境下で生きる野良猫の寿命は5年ほどだという。
つまり猫の生体構造上、腎臓を5年以上の使用に耐える設計にする必然的な理由がないのだ。
そう考えると、猫の実質的な寿命は長くとも8年程度と言えるのかもしれない。

さて、同様のことはもちろん人間でもある。

認知症(痴呆)は、人体設計上における計算外事態だというのはよく聞く話だ。脳の耐用設計年数は65年程度であり、それ以上生きることを想定していない。だからしょうがないのだと。

そして老眼だってそうだ。
あの福山雅治さん(50歳)が「老眼で時計が見えない」と言っていたのを読んで衝撃だったが、誰でも時限装置が発動するように45歳には老眼が始まるのだというから驚きだ。あと3年半じゃないか。
20代の頃のような最高潮感はないにしても、今のところ総じて元気はつらつな僕だが、重要パーツのうちの一つの耐用設計年数が、あと3年半でやってきてしまう。

 

そんなことを、毎日毎日、猫の点滴を続けながら考えていた。

というわけで、最近の加藤に何かまた不思議な挙動が見られるな、と思ったら(「いつもだろ」という突っ込みは置いておいて)、耐用設計年数を前にして何かを考えたのだなと思ってください。